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病院の白いベッド

白く清潔なベッドは
なぜだか悲しい。
洗濯したての、糊のかかった
真っ白いシーツの真ん中に、
大きな窪みが残っていて、
少しだけまだ温もりがあるような気がする。
へこんだところを埋めていた大きな身体はいま、検査室。

白く清潔なシーツの上に、
花柄模様の掛け布団が乗っている、
家のベッドはそこが違う。
花柄の下には体温があって、
静かな寝息が常にあった。
痛い、苦しい、暑い、冷たい、
喉乾いた、お腹空いた、
何も食べられない、なんか寂しい、
どうなるの? どうしたらいいの?

病院の白いベッドの上では、
透明のチューブや、太い針や、
いろんなものが突き刺さって、
見たことのない深い悲しみを連れてくる。

今はもう、病院の白いベッドを目にすることもなくなったから、
真ん中のへこみをつくっていた主の姿も見ることがなくなった。

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音のない世界

音のない世界があった。
風に樹々が揺れている。
静かに、何も言わずに。
大きな車が通り過ぎる。
無声映画の列車のように。

犬を連れたご婦人が、
口を開けて話しかける。
はくはくはく、はくはくはく。
言葉にならない言葉が
こぼれ落ちる。
言葉ではない言葉が
地面に転がっていく。
適当に笑顔をつくって、
うなづきながら、
おしゃべりなご婦人をやり過ごす。
白い白い赤い車が、ランプをくるくるさせて通り過ぎる。
風圧が脅しにかかる。
若者に操られた自転車が
私を掠めて追い抜いていく。
影ひとつないアスファルトを、
陽光がしっかりと暖めていたが、
突如、大きな影が光を奪う。
地の上を通り過ぎる大きな黒い影。
瞬間、目の前が真っ白になって、
身体といわず、地面が揺れる。

唐突に現実がやってくる。
ひどく大きな爆裂音が聞こえて、
すべての感覚が消え失せた。

音のない世界がやってきた。

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フィクション

これはフィクションですかと聞かれた。
ええ、フィクションですけど、いけませんか?
訊ねると、
どこからどこまでがフィクションですかと、
また訊いてくる。

すべてフィクションです。
でも、あなたにとって、
フィクションとそうでないものの、
違いはなんなのですか?
訊かれて不意をつかれた気になった。

私はすべてがつくりごとだと思っていた。
だけど、もしかして、もしかしたら?

嘘と思っていたものの中にも
本当があるのかもしれない。

事実と思っていたことの中にも
嘘があるのかもしれない。

そう気がついた途端に、 私には
何が事実で、何がつくりごとか、
わからなくなってしまった。

この世はすべてが妄想なのでは。
夢で見た事柄こそ、ほんとうなのでは。

冷たい床の上に、尻の穴を押し付けながら、
私は天井を見上げる格好で、目を閉じてみる。
何がフィクションで
何がフィクションでなかったのかを
思い出すために。

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頭でっかち

頭でっかちな子だねえ。

頭でっかち過ぎるのも困ったもんだぞ。

そんなこと、
この世に生まれて言われたことがない。
だって、ぼくは頭が悪いから。
勉強なんて大嫌いな子供だったから。
頭でっかちならよかった。
もしそうだったなら、
そうだったなら、
もっともっと
頭でっかちになれたかもしれない。
そうしたら、
ノーベル賞でも、何でも、
もらえたかもしれない。
だけど、いまさら
この小さな頭で、どうできる?
小さな小さな、頭蓋骨の中に
閉じ込められた臓器には、
もはや、もはや、
それなりの大きさの知恵しか収まらない。

忘れていく。物事。
失われていく。想い出。
新しくインストール出来ない。難しい知識。
小さな臓器が、どんどん萎縮していくのは耐えられない。

だから、いまからでも抗おう。
頭でっかちになろう。
遅くはないでしょ、いまからでも。
いまからでも、ぼくは。
頭でっかちになりたいと願う。

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